◇◇ 白の少年王 ◇◇  02


 城の別室にて。
 薄暗い室内。大きな窓の前に座ったイルティザークは、重々しく手を組み合わせしっかりとした作りの机にある紙をちらりと見た。逆光が、彼の表情を隠し、室内は不気味な静寂に包まれていた。
「・・・それで」
 イルティザークは項垂れた男を詰まらなそうに(つまらなそうな振りをしているだけ)見つめて口を開いた。
「この国に来た目的はなんだ?」
 しょぼくれた男の真正面に座り、ドン、と軽く机を叩く。
 男は情けない顔で、微かに肩を揺らした。
「だから・・・旅の途中に立ち寄っただけだと・・・」
 何度も繰り返される問答に疲れ果てていた。男は下を向いて己の不幸を嘆くばかり。
「ふーん? ホントに?」
 さっきから同じことを繰り返す男に、イルティザークもため息をつく。疲れた。飽きた。面白くない。
「じゃあ、今までのことを繰り返すぞ? いいな?」
 身を乗り出してイルティザークは己を鼓舞した。
「復唱!!」
「はっ!! 名前はガイアン・オレゾ。28歳。未婚。たまたま旅の途中に立ち寄った宿屋で熟睡後、散歩がてらこの辺りをふらふらしていたところを不審人物といきなり職務質問を受け、気づくといつの間にか不審さが募り別室での個人面談開始!!」
「うーむ。さすが僕の部下。ところどころわかりやすい言葉でありがとう。ちょっとほのぼのしたよ」
「恐れ入りますっ!!」
 動作だけはビシッと気合を入れた兵士たちは、お褒めの言葉に照れてにやにやした。
「・・・・・・」
 男は・・・ガイアンはその”復唱”中、ずっと下を向いて頭痛と戦っていた。なんであんな関係のないことまで聞かれなきゃならんのだ? プライバシーの侵害ではないのか? 葛藤がガイアンを襲う。頭を抱えっぱなしのガイアンは、しかし、10は年下の少年にからかわれる。
「それにしてもガイアンさんは28なのに、まだ一人身なの? けっこー寂しくない?」
「ッ!! ほっといてくれ!!」
 人には言えない事情が山ほどあるが、言えないので一人身でいる説明ができない。よって、結婚できなかった非モテ男というレッテルがばっちり貼られてしまった。
 イルティザークはにやにやしながら、なおも問う。
「でもさーどうなの? これ。この年で一人身ってことは、やっぱり訳ありなんでしょ? それとも尋常じゃないとか?? じゃなきゃ、家の者とか周りが許さないでしょ? あっ! もしかして政略結婚が嫌で敵前逃亡してきたとか!? やだなー駄目じゃない。あれは女の人しか許されないんだから〜。女性に恥をかかせたら末代まで祟られるよ〜? ってか、絶えちゃうよ、血筋。それともアレ? 今流行りの本当の自分探しとかいうやつの派生で、運命の恋人探しとかいうやつ? 異国の美女を我が手に〜なんつって! 頑張っちゃってるわけ? ねぇ? そうなの? ねぇねぇねぇ!?」
 想像力旺盛な年頃の少年の妄想はどんどん飛躍していく。目をきらきらさせながら、この中のどれに当てはまるかと期待するまなざしが痛い。
「ちっ、違う!! 私はそんな意味不明な理由で旅などしない!!」
「じゃーなんだよ!? これぐらい危険な香りがしたら、そっとお外に返してあげようと思ったのに!!!」
「だから、どうして君はそういう・・・!?」
「うるさーいっ!! で、なんなんだよ!? 本当は!?」
「・・・・・・だから、探し物があるんだ。とても大事なもので、一度手放すはめになったのだが、どうしてもまた手元に戻したくなってな。幸い事業が成功して金ができた。と言うわけで、母の代わりに探し物に来ただけなんだ。・・・お願いだ、非現実的なことを言ってないで、信じてくれ・・・・・・」
 ガイアンはげっそりと短期間で痩せこけた頬を見せ付け懇願した。
「具体的になに?」
「まだ話さなくてはいけないのか?」
「こちらを納得させるまではね」
「はぁ・・・・・・どうやら何を言っても無駄のようだ。君と正当な話し合いはできないとわかったよ・・・」
「失礼だな、ガイアンさんよ。だったらきちんとお話してみなよ。誠意は通じると思うよ」
「そうか・・・わかった、ということにしておこう。平行線だ。
 実は、私の母の母の形見である”アナスタシア”と呼ばれる豪華な宝石の首飾りを捜しているんだ。この辺りの者の手に渡ったということを聞いたので、はるばるここまで旅をしてきた。この辺りは豊かな土地だろう? 財力のある大きな家が多い。今目星をつけているのは、隣町のランシーラット家だ。そこに行く途中、宿を取ったのがたまたまこの町なんだよ。私の故郷はこんなに豊かではなかったので、晴天があまりにも気持ちよくてね、つい久しぶりに散歩でもするかと着の身着のまま出歩いたのが運の尽きだった・・・。急に怪しいと拘束され今に至るわけだ・・・。そこで、認めたくないが、身分証目になる唯一の大切な、大切なペンダントを・・・お、落としたのか・・・忘れてきたのかわからないが、見当たらないばっかりに・・・!!」
 ガイアンは感極まって頭を抱えた。
「へー」
「私にはちゃんと連れもいるのだよ。フィオナという女剣士だ」
「よし! 身元引受人として呼ぼう。おい!!」
「はっ! 了解いたしました!! では、行って参ります!! おい! 宿泊中の宿屋は、”朝一番雲雀亭”で間違いないなっ!?」
「あ、ああ・・・確かそんな名前だったはずだ・・・」
(今聞いてもなんてネーミングだ・・・)
「では、行って参ります!」
「うむ! 検討を祈る!!」
「お、おい! 少年!?」
「なに? 丁度いいじゃないか。身元引受人に。あなたのような人を一人で帰すと気になって後をつけてしまいそうだし」
「・・・・・・そうか。では、引受人は必要だな・・・・・・」
 言葉のキャッチボールに失敗してばかりいる気がする。
 意思の疎通が、これほどまでに難しいものとは・・・ガイアンは癖になったように頭を抱えていた。
「それにしても、ランシーラット家かぁ。グリオレん家じゃん。やつ、元気にしてるかな〜」
「・・・ランシーラット家と交流があるのか?」
「ああ、あるよ。もちろん。あそこの一人息子のグリオレとは年も同じだし。幼馴染なんだ」
「へぇ・・・そうか。あの家で宝石好きと言えば、やはり奥方だろうか?」
「そうだね〜ミーティア小母さんは光物好きだけど、あそこは質より量、って感じあるしなぁ。小母さん、質よりでかさだもんなぁ・・・」
 ミーティアを思い浮かべる時。まっさきに記憶に蘇るのが胸元やら頭やら指でギラつく大振りの装身具たちである。
「質より量・・・。アナスタシアは質もよく、豪華な作りなんだ。宝石も様々なものをふんだんに使ってある・・・」
 逸る気持ちで口がもつれる。
「でもさ、それって聞く限りかなり高価なものなんでしょ? ミーティア小母さんは本当にとりあえず量を求めるからなぁ・・・。同じ金で1つ買うより3つも4つも買う方を選ぶタイプだし・・・・・・もしかしたら違うかもね。確かにあそこはお金持ちだけど、金持ちって意外とケチだよ?」
「うっ・・・・・・そうか? では、どこが怪しいだろうか・・・」
「光物好きでゴージャス好きで、金に糸目をつけない・・・? となると・・・うーん・・・・・・最近不景気だしなぁ。女主人が切り盛りしてるお店とかなら可能性あるかも・・・」
「女主人の店か・・・・・・確かに。しかし、豪商でないとアナスタシアには手を出せないぞ。なにせ、家の建て直しと引き換えになるほどのものだからな・・・」
「ふーん、そうなの? うーんうーん・・・」
 イルティザークは何やら引っかかっている様子。
 カツカツ。カチャリ。
「あら、こんなところに居たの。ルティ、休憩もほどほどにね。ジャーノ先生が頭から湯気を立てて怒ってらっしゃったわよ。ルティを見なかったかって、愛用の長剣抜き身にして探し回っていたわ」
 上品そうな婦人がにこやかに入ってきた。
 その発言は、よくよく聞いてみるとにこやかに話す内容ではないような気がするのだが・・・。
「あ、お母様!! そうですか、ありがとうございます。でも、大丈夫です!! ジャーノ先生の剣にはこの前細工したんです。あれは切れない鈍らに変えてありますから!!」
 イルティザークは元気よく答える。
 婦人・・・アッティアはカラカラと笑った。
「あらまあ、オホホ。くれぐれも背後には気をつけなさいな、ルティ。ジャーノ先生はお熱い方だから・・・」
 口元を扇子で隠して優雅に笑みを隠す。
 ・・・一見平和な家族の団らんだが、この親子は会話の内容がおかしかった。
「では、怪我はしないようにね・・・特に大事なお顔には」
「はい、お母様。心得ております」
 始終二人はにこやかに言葉を交わしている。
 ・・・なんなんだ、この親子は。
 ガイアンはこの空間に存在しているというだけで消耗している自分に気づいてしまった。
 ふわりと空気を揺らす匂いを発して、アッティアは扇子を畳み手に持った。すると、今まで見えなかった首筋があらわになり、白く細い首筋に大きく開いた胸元のドレス。しみひとつないような肌を彩るのは、豪華な、それは繊細豪華なネックレス・・・!
「それじゃあ、ほどほどにね、ルティ」
「はい、お母様」
 秘めやかに笑うとアッティアは退出した。
「!? あ、あれはっ・・・!!?」
「えっ、なになに? どうしの??」
 突然立ち上がったガイアンに驚くイルティザーク。
「あれがっ! あれはっ・・・!! 私の探していたアナスタシアだ・・・・・・!!!」
「ええーっ!! そうなの〜!!?」
 アレはアッティアの最近のお気に入りだ。またいつ飽きて手放すかわからないが、とりあえず今は彼女の手にある。しかし、アッティアは穏やかで優しそうに見えて、見た目を激しく裏切る強欲な人間だった。
「まずい・・・まずいよ、ガイアン! お母様からネックレスを譲ってもらうなんて、天変地異が起こっても無理だよ〜!!」
「なにっ!? そんなに頑固な方なのかっ!?」
「頑固の方がまだよかったかもね。超我侭で強欲で独占欲が強くて、人が欲しがるものほど手放さない人なんだ・・・性格がすごい」
「ルティ? お茶とお菓子を持ってきてあげたわよ・・・?」
 にっこり笑ったアッティアが優雅に(恐らく足で)扉を開け入ってくる。
「あ、お母様!! わざわざすみません!! お気遣い感謝します」
 途端猫を被ったかのように、『いい息子』に変わるイルティザーク。
「うふふ、いいのよ、気にしなくて」
 アッティアの笑みはますます深まるばかり。
 イルティザークはアッティアから紅茶とケーキを受け取ると、テーブルに置き、さっそく繊細なフォークで食べ始めた。
「うん! 美味しい!! ありがとうございます、お母様! さ、ガイアンさんもどうぞ」
「あ、ああ。ありがとう・・・」
「美味しい? それはよかったわ。特別に用意したかいがあったというもの。それにね・・・?」
 ああ、これが深窓の令嬢という奴か、と眩暈がするくらいお嬢様然としている。うっかり15年ぐらい昔の彼女を垣間見てしまうくらいに儚げで無垢な少女らしさがある。
「ついでにジャーノ先生をお連れしたから。おしおきはひとまず先生にお任せします。私は後でゆっくりじっくり・・・」
 ふわふわした幸せそうな貴族の娘の笑みでそんなことを言う。
 ケーキを口にしていたイルティザークはその瞬間凍りつき、
「し・・・痺れ・・・・・・?」
 と謎の一言を残したまま、ジャーノに担がれ連れ去られてしまった。
 ジャーノは、律儀にもガイアンに挨拶して行った。
「お取り込み中すみません。ちょっと急用ができまして、こちら(イルティザークを示す)お借りしますが、またすぐにでもお返しに上がりますので、今しばらく楽にしておいて下さい」
 とても丁寧・・・いい人だ。
「では、少しの間お一人になってしまいますが、ゆっくり寛いでらしてね」
 アッティアは微笑みながら、ジャーノに続き退出する。
 ガイアンは展開についていくことを諦め、怪しいケーキと冷め始めた紅茶と共に部屋に残された。
「さて・・・どうするかな・・・?」
 このケーキも、紅茶も、両方とも何やら盛られている気がしてならない。
 あの時、イルティザークは無造作に選んだケーキを食べたのだ。
 ガイアンはこれからの我が身を思って、やっぱり頭を抱えた。



 

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